占法の説明


当方の占法は「易、無相、麻衣神相法」の三つです。

 

そのどれもが玄奥にして玄妙でその原理、原則、法則性など自然の理を応用しつつも時代により常に改善、改良と進化、進歩を重ねています。

 

三つの占法の中には皆さん聞いた事も無いような占法もあるとは思いますので、それぞれを説明致しましょう。

 

【易(えき)】

 

「易」は皆さんある程度聞いた事があるのではないでしょうか?

実際どのようなものなのかを知らずとも「易」易経」易占」という言葉はどこかで耳にした事と思います。

 

「易」の基本概念を作ったのは今から約五千年前の古代中国に存在していた「三皇五帝」の筆頭とも言われる存在の「伏犠(ふっき)」とされています。

紀元前17世紀~紀元前1046年迄は考古学的にも実在していた証拠がある時代の「殷(いん)の時代」より以前「夏(か)の時代」(歴史上はほぼ実在していたのでは?と言われています)より更に昔の時代(時代の名称が存在していない)の事で、この時代では既に原始的な「陰陽論」は概念上存在していたようです。

 

「男、女」「昼、夜」「固い、柔らかい」「上、下」「動、静」というように相反する関係性や属性、性質などは「反発しながらも収束、融合し」「生々しながらも消滅を繰り返し」「その結果萬物が生ずる」というようにまさに陰と陽は切っても切れない関係性という「理論」は既にこの時代にはある程度確立していたようです。

 

「伏犠」はその概念を龍馬の背にあった神紋から「陰陽論」の作用と理を図式で説明出来ると気付き、大いに発展させる基礎を造った事は大いなる評価でしょう。

 

伏犠の時代からおよそ2000年後、周の時代(紀元前1046年~紀元前256年)の文王の手によって「易」は更なる発展を遂げます、「易」の彖伝、象伝にそれぞれ卦辞が付与される事となります、これにより「易」は「自然の理」「哲学」という側面と一方で「占い」という側面が更に確立される事となります。

 

文王の時代から更に約五百年後の春秋戦国時代(紀元前770年~紀元前221年)に孔子がそれまでの「易」の概念を十篇の書物に編纂します、世に言う「十翼」の誕生です。

「十翼」は「易」の原理や原則に限らず「易」の哲学的側面を見事に解釈を深めより体系的にまとめた形となっており、まさに占い師の「貴書」といって差し支えないものとなっています。

 

このように大きく分けると「易」は伏犠、文王、孔子と三人の賢人の手によって理論確立され概念が仕上がり、その内容が洗練され現代の様な形を徐々に成して行きます、勿論その他の大勢の先人、賢人の研究もあった事であろう事は予想に難くなく評価するに値する偉業を先人達は行って来たのです。

 

さて、「易」はその「原理、原則」がその他の占いの「原理、原則」の基礎になったといっても過言ではなく「原理、原則」の無いような占法は基本的に怪しいものとなります、又「理論や原理、原則」といっていますが「理論、原理、原則」に「過ぎる」のも同じく怪しいものとなります。

「運勢」は「生き物」のようなもの、「流動的」なもの、「変化に富んでいる」ものなので、その変化を見る事が何より大切です、「理論や原理、原則」に始まりこれに終始するのは「運勢を生で観ていない事」に通じて行きますので、過ぎたるは及ばざるが如しです。

「易」は大よその流れを観るに適しておりますが、「運勢の機微」となるとハッキリと分かりにくい事も多々ありますが、占い師たる者「易」を知らずは「モグリの占い師」と昔から言われています、それくらい「易」は占いの基本であり基礎であります。


 【麻衣神相法(まいしんそうほう)】

 

一般の方にはあまり馴染みの無い言葉かもしれません「麻衣神相法」とは「人相や手相」といった「観相学」に分類されるもので、現代の相学に多大な影響を与えた一人が「麻衣仙人(五代時代 907年~960年)」が創始された「麻衣神相法」です。

 

約千三百年前の中国にいた方で一族数代(五代時代より以前)に渡って「観相学」の研究やその他の占法、方位学を深く研究されていたようです。

「麻衣神相法」に集約されていますが、麻衣仙人の功績の最もな所は「相学」の原理、原則を明らかにした所は捨て置くわけにはいきません。

 

それまでの時代も様々な方が何故「運勢」が「相」となって現れるのか、という事を一定の理論や理屈で説明していましたが、もう一つハッキリしない、漠然、曖昧さが拭えなかったのも事実だったようですが麻衣仙人は「運勢」は「光である」と発見され定義付けされました、「未来」は通常「光り」の状態であり、人が意思により選択し言動する事により未来は徐々に形作られるとしたのです。

 

つまり相学上の「氣色」や「神氣」というものがこの「光り」に当たります。

「未来」は「人の自由意志に因る選択の連続で徐々に形を成す」これが「未来であり運勢」というものの原理、原則という事です。

 

実はこの「麻衣仙人」は「其仙流(きせんりゅう)」という占いの古流術派の伝承者であります、他のコーナーでも詳しく述べていますが、この「其仙流」は中国三千年以上の歴史があり代々仙人級を輩出して来た流派です。

麻衣仙人の時代より以前から先の理論(未来や運勢は光りである)は其仙流の先人達が研究を続けて来たものでもありますが、麻衣仙人によってより理論が更に確立されたようです。

 

麻衣神相法は運勢の機微を観る事にも長けており、極めればこれだけで仙人級になれるものですが、奥深く体得、習得するにはそれなりの覚悟と下積みと人生観が求められます。

昔から「相学」とは「人の貴賤を観る」ものとされ、人の根本を観るに非常に優れています。


 

【無相(むそう)】

 

全くと言っていい程聞いた事がないものと思われます。

ですが実は本当に僅かですが中国や日本の古書にも「無相」という言葉は見て取れます。

 

この「無相」とは所謂「千里眼」のような「透視術」に分類されるのものですが、俗にいう「画像透視」や「場面透視」のように「視覚的に場面やシーン」が見えるものでは無く「光の明暗」で運勢の機微を観て行くものです。

 

創始者は先の麻衣神相法の創始者「麻衣仙人」です。

 

蛇足ですが、麻衣仙人の弟子に希夷仙人(きいせんにん)という方がいますが実は希夷仙人は麻衣仙人の弟子ではありません、教え子の一人ではあったようですが、今日伝わっている様な麻衣仙人の弟子でその秘伝を授かった・・・と一般には伝わっていますがそれは全くの誤りです。

 

其仙流の口伝(書物などに文字で残さず、口で言葉により伝える方法)でも希夷仙人は麻衣仙人の弟子に非ずと伝わっているようです。

 

麻衣神相法を記した書物の中に能々熟読すれば読み取る事が出来ますが、「剖神仙之古秘興希夷」と言う一文があります、この一文の存在が麻衣仙人が希夷仙人に秘伝の古秘を授けた・・・つまり奥義を伝授したと受け取られる事になるのですが、実はこの部分を多くの方が誤解釈しています、注目してほしいのは「剖」の文字ですこの意味は「割ける」「分ける」といった意味合いです、「剖」と言う意味合いは一部分を与える、分けるという意味合いです、つまり麻衣仙人は希夷仙人に相学の秘伝に至る道理を半分教えて「分かるか希夷よ」と言っており、後の者の戒めとも取れる一文になっています。

 

何故このように麻衣仙人は希夷仙人を試したのか?秘伝へと至る道を半分教えて半分を教えなかったのか?

 

それは当時から「相」を「有形」と取る派、「無形」と取る派の二つに二分されていたようです、つまり鼻の形や口の形、手のしわや傷などの部位を見る有形派を「形貌(けいぼう)派」と言います、逆に氣色や神氣を主体とする派を「無形派」と言います、麻衣仙人は占いや運を観る、相を観るにそのコツは無形を観るにありと言っており、既に当時から有名だった希夷仙人は「有形派」であり、更にその腕に磨きを掛ける為に麻衣仙人の弟子入りを願うのですが、麻衣仙人は希夷仙人がどうしても形や有形にこだわる見方に一定の憂いがあり、終には秘伝を伝授するには至らずの結果となります、希夷仙人も麻衣神相法の秘伝の一つ「無相」の言葉は教えられていたようで、その著書「神相全篇(しんそうぜんぺん)」に於いて言葉は出て来ますが、実際「無相」がどのようなものなのかは実態が記されていません。

 

又、江戸時代の有名な日本の人相家と言われる「南北相法」の創始者「水野南北先生」もその著書「南北相法 修身録」の中で「無相」とは心の相学であるとか心で見る方法だと説明していますが、あやふやな表現に終始しており「無相」の本質に迫れていないのが実態です。

 

「無相」とはどのような占法なのか?それは先に説明しました通り「光の明暗で観る一種の透視術」です、これを多くの方が相学、観相術で有名な麻衣仙人の創始された占法だからきっと「無相」も相学、相術に違いないと思い込んだのでしょうが誤りです、確かに「相法」で「無相」が使えないわけではありませんが、その本分本質は「透視術」です。

 

「無相」には幾つかの見方が存在しており「印堂法」「明鏡法」「明堂法」「瞑想法」などまだ他にも存在していますが、最も多用するのが「瞑想法」です。

 

目を瞑り印堂に意識を集中し、例えばこの結婚がうまくいくのか否かを観る時「綺麗に光れば吉」「暗い、濁りがあるなどは凶」と言う様な観方ですが現場ではこんな単純な事ではありません。

 

基本的に未来を観る事に特化したもので過去を観る事は場合により大変難しいものとなります(例えば失せ物、探し人等は観えずらいと言う前提がある)これからどう生きて行く、どう成長すれば良い、どう知恵を出せば良いのか、などを観る事に大変その威力を遺憾無く発揮します。  


【あとがき】

今迄、説明して来ました三つの占法は「易」の中に存在している「陰陽論、造化論、三才論、三義論 三易論」などに重きを置き、三つの占法(易、麻衣神相法、無相)ともその原理、原則が一貫しているものであります。

 

私が其仙流から教わった事の一つに原理、原則に一貫性が無く唯の技術(占法)の寄せ集めをした所で本質的な腕は磨かれないという事でした。

 

現代の占い業界や占い師、相談者が思い違いをしている事は、占法を多く習得している占い師が玄人、プロと思っている事です、真の玄人は原理が一貫している占法を二つ、三つ習得していれば事足りるのです、方や九星気学で方やスピリチュアル、方やタロットで方や占星術・・・この様な事で本当の占い師にはなれません。

 

現代の多くの占い師が「占い師ごっこ」をしている状態です、「何が占い師で何が占い」なのかをはき違えているのではないでしょうか?

正しい原理、原則が有って初めて正しい占法となり、正しい指南やアドバイスが出来るのです、又占いの技術だけを求めるのではなく、我々占い師は人様に「生き方や人生を説く」のですからその「人格にも深い哲学と、大いなる徳と、高い見識」を持つように養いが望まれます。

 

私もまだまだ未熟ですが、相談者や地域、社会に少しでも「本質的に貢献、お役に立つ」を一つの理念に持ち、心掛けていく思いです。